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福岡高等裁判所 昭和54年(ネ)316号 判決 1980年4月16日

控訴人 証栄商事株式会社

右代表者代表取締役 熊谷啓次

右訴訟代理人弁護士 上田正博

被控訴人 築上信用金庫

右代表者代表理事 高島正木

右訴訟代理人弁護士 宇野源太郎

同 清源敏孝

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し五五〇万円及びこれに対する昭和四三年一一月二八日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟の総費用は被控訴人の負担とする。

この判決は、仮に執行することができる。

事実

《省略》

理由

一  《証拠省略》によると、控訴人が、振出人として被控訴人椎田支店長奥本七郎の記名及び捺印のある主位的請求原因(一)の(1)、(2)記載の持参人払式小切手二通(甲第一、二号証、以下「本件小切手」という。)の所持人であることが認められるところ、控訴人が昭和四三年一一月二五日、本件各小切手を被控訴人椎田支店に支払いのため呈示したが、その支払を拒絶されたこと及び本件各小切手には、いずれも同日付支払人の支払拒絶宣言の記載があることは、当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  奥本七郎は、昭和四二年一一月一日から同四三年一〇月三一日までの間、被控訴人椎田支店の支店長であったが、当時多額の個人的負債を有し、その返済に窮していたところ、たまたま知り合った原田善二及び松本健次郎と相談の結果、自己が同支店長の地位にあることを利用し、奥本において、被控訴人椎田支店長振出名義の自己宛先日付小切手を作成し、これを右原田及び松本らが他より割引を受ける方法によって、個人的負債の返済資金を捻出することを企図し、同椎田支店の顧客から顧客用の当座小切手用紙を譲り受けたうえ、同年一〇月七、八日頃、奥本において同小切手用紙を使用し、自己が職務上保管していた同支店長奥本七郎の記名印及び支店長印を使用して、被控訴人椎田支店長奥本七郎振出名義の金額一五〇万円の自己宛先日付小切手(振出日同月二七日及び同月二八日付)各一通を作成し、更に、同月一四日頃、奥本は前同様の方法で、金額二二〇万円の同支店長振出名義の自己宛先日付小切手(振出日同年一一月一一日付)一通を作成し、その都度これらの小切手を原田に交付した。

2  そこで、原田は、前記の各日頃、訴外芳山四郎に対し右各小切手を他から割引いて来てほしい旨依頼したところ、芳山は安達義忠と共に同人がかねてから知り合いの控訴人の事務所を訪れ、控訴人代表者熊谷啓次に対し、右小切手は、いずれも原田が被控訴人椎田支店から融資を受けるにつき、現金の出るのが先になるため先日付で振出されたものであって、間違いのない小切手である旨告げて、その割引方を申込んだ。そこで、控訴人代表者熊谷は、右事実確認のため、被控訴人椎田支店に電話したところ、同支店長奥本から、右小切手はいずれも同支店長が振出したに間違いのない小切手である旨の返答を受け、かつ、一〇月一四日には、直接奥本が芳山と共に控訴人の事務所に挨拶に訪れ、前同様の趣旨で振出された間違いのない小切手である旨確答したので、熊谷は奥本の言を信じ、これらの各小切手を割引いた。

3  奥本は、その後も更に個人的負債の決済資金の必要に迫られたため、同年一〇月二八日頃、前同様、原田らと相談の上顧客用の当座小切手用紙を使用し、前同様の方法により同支店長記名印及び支店長印を使用して、同支店長奥本七郎作成名義の本件各小切手を作成し、これを原田に交付したところ、原田は芳山に対し再度本件各小切手を控訴人から割引いてもらうよう依頼したので、芳山は同月二九日、前記同様控訴人代表者熊谷に対しそれらの割引方を申込んだ。そこで、熊谷は、自己の取引銀行である正金相互銀行馬出支店長井関正義を介して、再度、被控訴人椎田支店に本件各小切手振出しの真否について照会したところ、前回同様、同支店長が振出した間違いのない小切手である旨の返答を得たので、同日、右芳山からの申出に応じて本件各小切手を割引くことにし、四分五厘の割引料をもって割引き、割引金五二五万二五〇〇円を芳山に交付した。

三  《証拠省略》を総合すると、信用金庫及び銀行等の金融機関が自己宛小切手を振出すのは、顧客から金融機関に対し自己宛小切手振出しの依頼があり、小切手金額と同額の支払資金の預入れがされたときに限られるのであって、小切手用紙も、一般顧客用のものとは色及び様式の異った当該金融機関所定の小切手用紙を使用されるものであり、顧客からかかる資金の預入れがないのに自己宛小切手を振出すことはないものであること、被控訴人における自己宛小切手振出し手続も右取扱いと同様であって、支店長が右取扱に反して自己宛小切手を振出すことは内部的に禁止されていたものであること、しかるに、椎田支店長であった奥本は、何人からも本件小切手の支払資金の預入れがないのに、右内部的職務上の禁止事項に違反して、前記認定のように自己の利益を図るため、本件各自己宛小切手を先日付で作成して振出したものであること、以上の事実が認められる。

四  以上認定の諸事実を総合して考えると、本件各小切手は、いずれも被控訴人椎田支店長奥本がその権限を濫用して、もっぱら自己の利益を図るために振出したものであることが明らかである。

五  もっとも、

1  被控訴人は、小切手行為の要式性から、本件各小切手は、それぞれ小切手に記載された各振出日たる昭和四三年一一月二七日及び同月二八日に振出されたものとみるべきであり、したがって、本件各小切手の振出し当時、奥本は被控訴人椎田支店の支店長でなかったことになる旨主張するが、小切手振出人の行為能力、代理権限の有無は、小切手に記載された振出日ではなく、実際に振出行為のあった時期を基準として決すべきものと解するのが相当であるところ、現実に本件各小切手が振出された当時、奥本が被控訴人椎田支店の支店長の地位にあったことは前記認定のとおりであるので、被控訴人の右主張は採用の限りではない。

2  また、被控訴人は、信用金庫等金融機関の自己宛小切手は、一般顧客の小切手と一見して区別できるよう、用紙の色、型式、記載様式等を異にする金融機関用の小切手用紙を用いる慣行が存し、かつ、この慣行に反する小切手は無効とする慣習法が存在する旨主張する。しかして、信用金庫その他金融機関の振出す自己宛小切手には、顧客用の小切手用紙とは異った小切手用紙が使用されることが一般であること、しかるに、本件各小切手は右と異なり、一般の顧客用小切手用紙が使用されていることは前記認定のとおりである。しかし、右のように当該金融機関所定の用紙を使用しない自己宛小切手は、その方式違反の故をもってこれを無効とする慣習法の存在については、これを認めるに足りる的確な証拠はない。よって、被控訴人の右主張は採用できない。

3  更に、被控訴人は、本件各小切手は被控訴人所定の自己宛用の小切手用紙を使用していないので、小切手としての効力を有しない旨主張する。しかし、小切手法第一条所定の記載要件を具備するものであれば、その使用用紙の如何を問わず、小切手としての効力を妨げられるものではない(本件各小切手が右要件を具備するものであることは、さきに認定したとおりである。)から、被控訴人の右主張も採用できない。

六  ところで、弁論の全趣旨によると、被控訴人が信用金庫法に基づき設立された信用金庫であることが明らかであるところ、本件各小切手振出当時、奥本が被控訴人の椎田支店長であったことは前記認定のとおりである。そこで、右奥本の本件各小切手振出が表見支配人の行為に該当するか否かにつき判断する。

信用金庫法第四〇条二項の準用する商法第四二条、第三八条一項によれば、信用金庫の支店の営業の主任者たることを示すべき名称を附した使用人は、その営業に関する一切の行為をする権限を有するものとみなされるところ、被控訴人椎田支店長の名称は、右にいう同支店の主任者たることを示すべき名称に該当することが明らかであり、そして、右営業に関する行為は、営業の目的たる行為のほか、営業のため必要な行為を含むものであり、かつ、営業に関する行為に当るか否かは、当該行為につき、その性質・種類等を勘案し、客観的・抽象的に観察して決すべきものと解するのが相当である。

ところで、本件自己宛小切手の振出は、その性質から、これを客観的・抽象的に観察すると、信用金庫法第五三条一項各号に定める業務に附随する業務として、被控訴人の行う業務にあたると認めるのが相当である(現に、《証拠省略》によると、被控訴人の支店長は、被控訴人の業務として顧客の依頼に基づき自己宛小切手の振出しをしていたことが認められる。)から、奥本による本件各小切手の振出は、それが前記認定のように、支店長奥本自身の利益を図るためにした権限濫用の行為であったとしても、客観的・抽象的には被控訴人の営業に関する行為であって、被控訴人の椎田支店長であった奥本が有するものとみなされる権限の範囲内に属するものといわなければならない。よって、奥本のした本件各自己宛小切手振出は、表見支配人のした行為として、被控訴人においてその責任があるものといわなければならない。

七  もっとも、支配人又は表見支配人がその権限を濫用し、もっぱら自己の利益を図る目的で小切手を振出した場合、その直接の相手方が右支配人又は表見支配人の権限濫用の事実を知って小切手の交付を受けたときは、営業主本人は民法第九三条但し書の類推適用により、右直接の相手方である所持人からの小切手金請求に対し、その責めを免れることがありうるものである。しかし、右小切手が第三者に譲渡されたときは、小切手の流通証券としての特質に照らし、第三取得者との関係においては、小切手法第二二条但し書により、第三者取得者が前所持人の右知情につき悪意の取得者であることを主張立証した場合に限ってはじめて小切手上の責任を免れることができるに過ぎないものと解するのが相当である。

八  そこで、被控訴人の悪意取得の人的抗弁につき判断するに、本件各小切手を奥本から最初に交付を受けた前記原田において、奥本がもっぱら自己の利益を図るためその権限を濫用して本件各自己宛小切手を振出したものであることを知っていたものであることは前記認定のとおりであるが、控訴人は、前記認定のとおり、右原田から割引方の依頼を受けた芳山の依頼に基づき、本件各小切手を割引いてこれを取得したものであるところ、控訴人が、当時奥本の前記権限濫用の事実を知ってこれを割引取得した悪意の取得者であるとの被控訴人の主張の点については、《証拠省略》中には、被控訴人の主張事実にそうかの如き部分があるけれども、《証拠省略》並びに前記認定の本件小切手割引の経緯に照らし、にわかに措信し難く、他に控訴人が前記事実及び債務者を害することを知って本件小切手を取得した悪意の取得者であることを認めるに足りる証拠はない。(なお、被控訴人は、控訴人が奥本の権限濫用の事実を知らなかったとしても、それを知らなかったことに過失があった旨主張するが如くである。しかし、小切手法第二二条適用上、第三取得者の悪意が認められない以上、その過失の有無は、第三取得者の小切手上の権利行使を妨げる事由とはなり得ないものと解するのが相当であるから、被控訴人の右主張は採用の限りでない。)。

よって、被控訴人の右人的抗弁は理由がない。

九  そうすると、被控訴人は控訴人に対し本件各小切手金合計五五〇万円及びこれに対する支払呈示の後である昭和四三年一一月二八日以降支払いずみに至るまで小切手法所定の年六分の割合による利息を支払うべき義務があり、これが支払を求める控訴人の本件主位的請求は正当として認容すべきである。

一〇  よって、その余の判断を俟つまでもなく、当裁判所の右判断と結論を異にする原判決は失当であって、控訴人の本件控訴は理由があるので、原判決を取消し、控訴人の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条二項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 斎藤次郎 裁判官 原政俊 寒竹剛)

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